ベトナム映画「第三夫人と髪飾り」アッシュ・メイフェア監督インタビュー

世界の巨匠たちがその才能を絶賛する1985年生まれのベトナム人女性監督、アッシュ・メイフェア(Ash Mayfair)氏。彼女が監督・脚本を手掛けた長編デビュー作「第三夫人と髪飾り(越題:Vợ Ba、英題:The Third Wife)」が、2019年10月11日(金)より東京都渋谷区のBunkamuraル・シネマほかで全国順次ロードショーとなります。

この作品は、メイフェア監督の曾祖母の実話をもとに、ユネスコの世界複合遺産にも登録されたベトナム北部の秘境・ニンビン省チャンアンを舞台に、絹の里の富豪の第三夫人として14歳で嫁いでくる主人公メイ(Mây)と、彼女を取り巻く愛憎、悲しみ、希望を、美しく官能的に描いた作品です。

同作品は、「青いパパイヤの香り(Mùi Ðu Ðủ Xanh)」や「夏至(Mùa Hè Chiều Thẳng Ðứng)」などを手掛けたトラン・アン・ユン(Trần Anh Hùng)氏が美術監修を務め、「ブラック・クランズマン」などのスパイク・リー(Spike Lee)氏が資金援助するなど、巨匠たちのバックアップを得て作られました。

ベトナムでは2019年5月17日に公開されましたが、撮影当時13歳だった「第三夫人」役のグエン・フオン・チャー・ミー(Nguyễn Phương Trà My)が劇中でラブシーンを演じたこととベトナムの歴史の暗部に迫ったその内容が物議を醸し、わずか4日で上映中止に。しかし、初監督作とは思えないその確かな演出手腕が評価され、海外の映画祭などでは数々の映画賞に輝いています。

今回、10月の公開を前に日本を訪れたメイフェア監督に、「第三夫人と髪飾り」の生い立ちや作品に込められた想いなどについてお話をうかがいました。

(※本記事はベトナムエンタメ情報サイト「A-TIM’s」とVIETJOベトナムニュースの合同取材によるものです。)

アッシュ・メイフェア監督
© copyright Mayfair Pictures.

アッシュ・メイフェア監督インタビュー

―――「第三夫人と髪飾り」は監督のご家族の体験がもとになっているとのことですが、いつごろから、またどういったきっかけでこのお話を映画にしようと思われたのですか。

私は実際にこういう女性たちと育ってきたので、最初は小説にしようと思いました。大学で文学を専攻していたということもあって、祖父母や曾祖母たちの日記やインタビューから材料を集めて小説を書こうと思っていたのですが、ニューヨーク大学の大学院で映画を勉強していてその話をしたら、教授たちやその話をした人たちが「これは映画にしたほうがいい」と言ってくださったので、じゃあ映画にしよう、と思いました。

―――お話を文字から映像にするとなると、お金もかかる、人も動くので大変だったと思うのですが、一番大変だったことは何ですか。

まず、文字ではなく映像にするということの大変さについてですが、そもそもメディア、媒体が違うので、考え方を変えるということがとても大変でした。この女の子(主人公のメイ)に起こった1年間のことを、説得のできるかたちで90分間にまとめるということがとても大変でしたし、それに伴う様々な物質的なことも大変だったので、(完成までに)5年かかりました。

実はフルタイムでこの映画にかかわってもう6年目なのですが、お金も非常にかかりましたし、脚本に3年かけて、キャスティングもとても大変でした。特に主人公の女の子は、私が求める通りの女優さんが欲しかったので、8か月間ベトナムで探して、900人以上の女の子に会ってオーディションをしたんです。

また撮影も、人工的なものが入るのが嫌で、電気が通っていなくて道路がなくて車が通っていないようなところを探したので、(ロケ地は)山間の何もないところだったんですね。なので、撮影するのに3時間ハイキングしてそこにたどり着いて、撮影して、また3時間かけて帰ってくるという。撮影のあらゆるステップがとてもとても大変でした。

―――監督はご家族からこのお話を聞いたときに、どのような感じを受けましたか。

実際にこういう女性たちに囲まれて育ってきたので、(一夫多妻など)そういうことがあるというのは十分わかっていました。私の曾祖母は14歳で結婚させられ、祖母は14歳ではなかったのですが、かなり若いうちに家族が勝手に決めて結婚させられました。曾祖父には何人も奥さんがいたし、子供もいっぱいいて、ある意味お互いにお互いの子供を育てているような感じだったので、それが普通だと思って育っていたんですね。ですが、ベトナムを離れて、すごく若い女の子が強制的に結婚させられるのはあまりよくないことなのだということに気が付きました。

そして家族や社会における女性の役割というものについて疑問を持ち始めて、声を上げたほうがいいのではないか、と考えるようになったんです。

―――やはり海外に出られて気付いたということですよね。

はい。外に出てそれに気が付いたということもあるのですが、同時に、これは私の家族だけの話ではないということにも気が付きました。多くの人が、映画を観た後に「実は私の祖母が第三夫人だったんです」とか、「母親が家族の決めたお見合いで強制的に結婚させられたんです」っていう話をしてくれるんです。この映画で70以上の映画祭をまわったのですが、上映後に質疑応答をすると必ず観客の中の女性が似たような話をしてくれて。「まるで自分の家族を見ているようでした」と言ってくれる人が多かったんです。

―――もう1つ、映画ではベトナムの風景や文化がものすごく美しく描かれているのですが、これも監督が外へ出られて見直した、気付いたことであり、誇らしい文化として描きたかったことの1つなのではないでしょうか。

そうですね。私は自分の国を非常に誇りに思っていますし、特にこの風景に恋をしているんです。ベトナム北部は私の祖父母の故郷なのですが、とても美しく、恋に落ちたように思っている一方で、自分がアーティストとしてベトナムという国に対するときに、複雑な部分もあります。

ベトナム文化は愛しているのですが、ベトナムにおける女性の扱われ方に対する伝統は女性に不公平だったので、私はそれは好きではないんです。私の作品にはベトナムにおける女性の扱いについて取り上げているものが多いのですが、その中で、文化は愛しているんだけれども女性あるいはベトナム人が扱われてきた歴史というものは嫌っている、という緊張感があります。

―――先ほどキャスティングのお話がありましたが、もともと主役のチャー・ミーさんは別の役にあてられていたとうかがいました。そうした中で、900人の中から彼女を主役に抜擢した一番の決め手は何だったのでしょうか。

そうさせられたんです(笑い)!オーディションするときに、こういう役なんですよ、これだけ大変なことをするんですよということを本人と家族に説明したんですね。家に帰った後、彼女がお母さんに「私、この役をやりたい」と言ったそうなんです。というのは後でお母さんから聞いたのですが。お母さんが「これはとっても大変なのよ。山に何か月も閉じこもって、ものすごくたくさんお仕事をしないといけないし、あなたこんなことやったことがないでしょう」と言ったら、彼女が机を叩いて、「何で信用してくれないの!」と。「この役は私のためにあるのよ!」というようなことを言って、私に電話をくれたんですね。

私に電話をくれて、「この役は私のためにあります。私がやりたいです」と言ったんです。13歳の女の子がそれほどの勇気と強さを持って、自分が信じているものに立ち向かうことができる。これ以上の子は見つからないなと思って、彼女にしました。

アッシュ・メイフェア監督
© copyright Mayfair Pictures.

―――トラン・アン・ユン監督が美術監修ということですが、どのようなコラボだったのでしょうか。

撮影の3年前に、ベトナムの若い映画監督向けのワークショップ(オータム・ミーティング=Gặp Gỡ Mùa Thu)で出会いました。なので、彼とは師弟関係にあったのですが、「実は今、自分の家族の話で脚本を書こうと思っていて…」とこの映画の話をしたんです。彼とはいろいろな話し合いをし、そのプロセスの中でとても大切なことを彼から教わりました。「この映画という媒体に対して、自分が一番真実だと思うものは何か、美しいと思うものは何か、ということを常に自分に問い続けなさい」と言われたんです。

それはつまり、自分にとってシネマとは何かを問い続けろ、ということだと思うのですが、イメージをつなげていって何を伝えたいのか、ということを言われ、私の目が開かれました。哲学的な挑戦を受けたような気がするのですが、監督としてどのような決断をするときにも、何が真実なのか、何が美なのかということを常に考えなければいけない。それがあらゆる決断の核にある、ということを教わったんですね。まだ私はそれに対する答えを持ち合わせていませんが、何十年かしたら、監督として決断するときの炎が強くなって、すぐに真実や美に至るものを選べるようになっているといいのですが。

―――劇中の官能的な描写や第三夫人というテーマ自体がいい意味でも悪い意味でも好奇の目を寄せてしまい、そちらばかりに集中して観る方もいるかと思うのですが、描写するときに気を付けたことはありますか。

私はそれについては心配していませんでした。誰が何を言っても気にしないということなのですが。というのは、私は「そこに真実がある」と思ったんです。官能性もセクシュアリティも女性であることの一部である、と。

映画は女の子の成長物語であるわけですが、女性の成長の中で感情的な旅路があり、身体が成長していく、変わっていく、そしてまた欲望も目覚めていく、ということは女性であることの一部であり、そういう意味ですごくフェミニスト的な映画ですし、女性であることを祝福しているというふうに思うんですね。官能や欲望について3人の妻たちが話をしたりするというのも、私にとっては真実であり美しいことだと思っているので、それはそのまま心配せずに出しました。

―――今のお話にあったような内容や官能的な描写によって、ベトナムでは4日間のみの上映となってしまったわけですが、その時、監督ご自身はどのようなお気持ちでしたか。また、今のベトナムでは映画の表現などにおいて制限があるという現状について、どのようにお考えでしょうか。

まず、表現の自由から話をしますと、ベトナムではまだ非常に問題があります。歴史的にもアーティストに対する大きな問題になっているわけなのですが、たとえ海外の映画祭などで成功している作品でも、検閲があったりしてベトナム国内で上映できないというケースが結構たくさんあります。それはとても恥ずべきことだと思うんですね。特に才能がある若い人たちがいっぱいいるのに、国からはサポートが得られない。それがある意味、ベトナム映画のインターナショナルなレベルでの地位の向上を妨げているということがあると思います。

才能はあるんだけれども、表現の自由が制限されている。この「第三夫人と髪飾り」に起こったことというのは、(トラン・アン・ユン監督の)「シクロ(Xích Lô)」にも起こっています。シクロは(1995年の第52回ヴェネツィア国際映画祭で)金獅子賞を受賞したにもかかわらず、ベトナム国内では上映禁止になっていましたので、「よくあること」ではあるんですね。なので、たぶん私の映画も上映禁止になるのではないかな、とある程度予期はしていました。

これは女性のセクシュアリティについて描いていますし、ベトナムの歴史のある意味暗い部分、女性を抑圧してきた部分というのをはっきり描いていますので、これが劇場で公開されたらある人たちの神経をさかなでるだろう、ということは感じていました。それから、父権的な社会というものを揺るがすので、嫌がられるだろうなということは思っていました。

そして、こういうことがあるとはわかってはいたのですが、いろいろなファクターを加味して、それでもベトナムで上映したいと思った一番大きな理由のひとつが、祖父母に見せたかったということなんですね。祖父母に、劇場で自分たちの家族の話を見てほしかった。彼らは海外の映画祭に行くことはできないので、ベトナム国内の劇場で見せたい気持ちが強かったということがあります。

あとは、若いベトナムのフィルムメーカーたちに見せたかったんですね。「自分の言いたいことを出し切っていいのだ」と、「自分で妥協せずに、そして周りを恐れずに、自分なりの最高のレベルで映画を作っていいのだ」と伝えたかった。

ベトナムでは4日で上映禁止になりましたが、それでもこの映画は上映されたわけです。そしてたくさんの人が観て、未だにその話をしている。それが私のメッセージなんです。ベトナム人アーティストたちに、「勇気を持って映画を作り続ければいずれ自由になれるんだよ」というメッセージを出したかったんです。

アッシュ・メイフェア監督
© copyright Mayfair Pictures.

―――日本で公開されることになり、どのように感じましたか。また、日本の観客にどのようなことを伝えたいですか。

私は日本の文学であったり映画であったり、いろいろな芸術を見て、読んで育ってきたので、日本で公開されるということで、とても光栄に思っています。特にこれは私にとって1作目、しかもとても個人的な家族の話なのですが、それを(配給の)クレストインターナショナルの皆さんが機会を与えてくださって、日本で上映できるということをとてもありがたく思っています。

そして、日本の観客の方にはこの物語を心を開いて観ていただければいいなと思います。違う国の話ですが、我々の文化というのはそんなに違わないと思いますし、言葉は違っても人間の基本的な感情というものは同じだと思うんですね。この映画に描かれていることは、アジアであれヨーロッパであれ中近東であれ、特に女性がいまだに経験していることでもあると思うんです。

ですので、特に日本のアーティスト、日本の女性のアーティストに観ていただいて、エンパワーメントを感じてほしいと思います。そして、自分にとっての「真実の物語」を語ることを恐れないでほしいです。それを語ることによって、耳を傾けてくれる人は外にいますから。

アッシュ・メイフェア監督プロフィール

アッシュ・メイフェア(Ash Mayfair)

本名グエン・フオン・アイン(Nguyễn Phương Anh)。1985年生まれ。ホーチミン市出身。

ベトナムで生まれ育ち、14歳で留学。豪州、英国と米国で教育を受ける。英国のオックスフォード大学で英文学の学士号を取得。英国・ロンドンの王立演劇学校で舞台監督の養成を受ける。その後、ニューヨーク大学大学院で映画制作を学び、美術学修士号を取得。「The Silver Man」(2011)、「Grasshopper」(2012)、「No Exit」(2017)などの短編映画を手掛け、多数の国際映画祭で上映される。

長編デビュー作「第三夫人と髪飾り」は、2014年に「スパイク・リー・フィルム・プロダクション・ファンド(Spike Lee Film Production Fund)」を受賞。2015年にニューヨーク大学卒業生の最優秀脚本賞「NYUパープルリスト(NYU Purple List)」にも選出された。同年にトラン・アン・ユン(Trần Anh Hùng)監督とファン・ダン・ジー(Phan Đăng Di)監督主催のワークショップ「オータム・ミーティング(Gap Go Mua Thu)」でグランプリ、2016年に「香港アジア・フィルム・ファイナンシング・フォーラム(Hong Kong – Asia Film Financing Forum)」の海外作品部門最優秀賞などで注目を集めた。

これまでに世界各国の映画祭で上映され、◇第40回カイロ国際映画祭:最優秀芸術貢献賞(2018)、◇第54回シカゴ国際映画祭:ニューディレクターズ・コンペティション部門ゴールドヒューゴ賞(最優秀作品賞)(2018)、◇第66回サン・セバスティアン国際映画祭:新人監督部門TVE-Another Look Award(2018)、◇第43回トロント国際映画祭:NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)(2018)など多くの賞に輝いた。

「第三夫人と髪飾り」あらすじ

19世紀のベトナム北部。14歳のメイはその地を治める富豪のもとに、三番目の妻として嫁いでくる。一族が暮らす大邸宅には、唯一の息子を産んだ穏やかな第一夫人、3人の娘を持つ美しく魅惑的な第二夫人がいた。まだ無邪気だったメイは、この家では世継ぎとなる男の子を産んでこそ奥様になれることを知る。そして妊娠。出産に向けて季節が流れる中、第一夫人も妊娠していることが発覚。時を同じくしてメイは、第一夫人のひとり息子ソンと、第二夫人のある秘密を知ってしまう―――。

予告編

(※本記事はベトナムエンタメ情報サイト「A-TIM’s」とVIETJOベトナムニュースの合同取材によるものです。)

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